怖いものを見た。

登校途中のことだ。
うちの学校の横には、小さな公会堂みたいな施設がある。何とか会館とかいって、階段式の会議室というか講義室みたいな部屋と、それから小さい会議室がいくつかでできていて、建物自体はちょっと古い。
朝早く、歩いていて、その公会堂に差し掛かった。その時背中がひやっとした。風もないし、雨も降っていない。しかしなんとなく薄暗い何かに包まれたような不快感。
急に、吐き気がした。鳩尾を殴られたような、いや、拳とか机の角とかを当ててぎゅうと押し付けたような痛み。違うな、これも不快感だ。口に手を当ててしゃがみ込んだ。
しかし、しゃがんでいても吐き気のおさまる気配がない。耐えて学校まで歩くしかないのか。不運にも一般の登校時間からは外れて早すぎて、誰も通りがからないのだ。
よろよろと立ち上がり、ふらふらと歩き始めた。壁に手をついて、前屈みになる。お腹が気持ち悪い。
壁が切れて、ガラスに変わった。その時。視界の右上をひゅっと黒いものが通った。え? 
早朝で、建物の中は暗い。黒い何かなんて見えるはずがないのだ。それで思わず振り返ってしまったのだ。
そこにいたのは頭だった。年齢のほどは知れないが若くも年寄りにも見える。目が合ったかもしれない。首から下はなかった。
ひっ、みたいな音が自分の喉の辺りで鳴って、それでガラスから手を離して早歩きになった。だってそんな怖いガラス、触っていたくないでしょう。ざかざか音がするぐらい前のめりになって、一分くらい、学校の正門が現れて、もう走るみたいに歩いて門に飛び込んだ。何でかはわからないけれど、門に入れば大丈夫な気がした。
ちょっとほっとしたら復活した吐き気と闘いながら恐る恐る振り向いたが、頭はいなかった。当たり前かもしれない。
だいたいそんな頭みたいなものが宙に浮いているのがまずおかしい、気のせいだったんだろう。そう結論付けたらちょっとほっとしたが、同時に今までにない胃の痛みに襲われ、またもしゃがみ込んでしまった。
もう無理、吐く、出る、今すぐ出る、這うようにして雨水用の排水溝に近寄って咳込みながら嘔吐する、が、何も出ない。地獄とはこういうものかと思ったら、五回目にえづいた時にばしゃっと何かが出た。黒くて丸くて、もしゃもしゃしている。
髪の毛だった。
多分、何本もの長いけがぐしゃぐしゃーと丸まって、ゴルフボールくらいのかたまりになっていた。私の髪は短い。坊ちゃん刈りよりはさすがに長いが、まぁいわゆるショートカットである。ボブというには短い。家族もみんなあまり長くない。わけがわからない。しかしお腹はすっきりした。もう痛くない。
どう解釈していいかわかりかねて、ここに書いた次第である。


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こ、怖い話?
半分くらいは真実である的な。
残りの半分は嘘ですよ的な。