敬語を使おうっていう気持ちの話。

昨日の続きです。
 
昔々、私が大学院に入ったばかりの初々しいかどうかはわかんないけど若かった頃の話。日本語学的な授業を履修したのです。そろそろおじいさんになろうかという男性の先生が一人、その先生のとこにいるとおぼしき中国人留学生が女子ばかり三人、それと私、っていう構成でした。人数が少ないのは小さい学校だからで、別の授業は先生と私の一対一でしたので、これは多い方です。その授業である時先生がこのようなお話をなさったのです。
「ある日、地下にあるカフェに入って私はコーヒーを飲んでいたのです。私がコーヒーを飲み終わる頃、学生アルバイトとおぼしき若い男性がやってきて、私にこう言いました。『先生、雨が降っていらっしゃいましたが、お傘はお持ちでいらっしゃいますか。』この敬語はちょっとおかしいでしょう? 雨が降っていらっしゃいました、は、雨に対して尊敬語を使っていますね。ですが、私は嬉しかったのです。そのアルバイトくんは私に対して知っている敬語をなるべくたくさん使って話そうとしてくれたのですから、私はその気持ちが嬉しかったのですよ。それに、傘を持っているか心配してくれたこともです。私は、傘は持っていますから大丈夫ですよ、ありがとう、とそのアルバイトくんに言って、店を出ました。」
ざっとこういう話です。アルバイトくんが使うべきだった敬語はこうですね。
「先生、雨が降ってまいりましたが、お傘はお持ちでいらっしゃいますか。」
でも先生は、くだんのアルバイターがうっかり雨に尊敬語つけちゃう程度にまだ敬語が上手でないにも関わらず、目の前の先生に敬語を使って話そうと頑張ったことや、別に黙っててもいいのに心配して話しかけてくれたことが嬉しかったとおっしゃるわけです。
私はこの話をきいていたく感銘を受けました。なるほどへたくそでも使おうとする気持ちが大切なのだ、気持ちは伝わるのだ、と思ったわけです。ついでに言うと、敬語に限らず何でも、使っているうちにだんだん上手になるものですね。くだんのアルバイターも、多分先生に話しかける時にはいくぶん緊張したことでしょう、次は緊張しないで話せるように敬語をもうちょっと勉強して出直してくるかもしれません。しないかもしれませんが。さらに今では、この話をしてくださった先生と同じ気持ちです。学生が敬語を使ってくれようとする気持ちが嬉しいです。
それで私は、敬語に対して身構えてしまう若い子には、この話をして、敬語を使おうとする気持ちが大事だよと言うわけです。
ま、上の話はうっかり私が感銘を受けてしまったわけですが、先生としては中国人留学生に感銘を受けてほしかったのだろうと、今ではわかっていますけど。