『千と千尋の神隠し』の話してきた。

 『千と千尋の神隠し』の画面は、カラフルである。はっきりした濃い色がたくさんつかわれており、それらの色の印象も強い。例えば「油屋」の前面は、真っ赤に塗られている。その手前には赤い欄干の橋がかかっており、四季を問わず色とりどりの花が咲き乱れる庭がある。油屋は崖を背後にして建てられており、周囲には建物もなく、屋根の上に広がる空は真っ青である。


◆色彩の一般的イメージ

 色彩は一般に、様々な感情を表現したり、事物を連想させることがある。 そのイメージは国や文化などによって違いはあるが、一般的な印象は次のようなものである。

白…善(主にキリスト教圏)、雪、無、清潔、純粋、無罪、無知 など
黒…悪(主にキリスト教圏)、死、男、武勇、汚濁、夜、有罪、無、炭、金持ち(欧米) など
褐(茶色)…土、豊穣、糞 など
赤…血、生、火、力、女、情熱、危険、熱暑、革命、攻撃、太陽(日本)など
橙…温暖、快活、陽気、幸福 など
黄…太陽、月、穀類、金、注意、臆病、活発、明快、希望、色欲(中国) など
緑…植物、自然、安全、幼稚、真面目、平和、新鮮、嫉妬(英語圏)など
青…水、冷静、知性、悠久、未来、憂鬱、寒冷 など
紫…王位、高貴(中国)、貴重、優雅、神秘 など
金…神、宝、光、命 など
灰…陰鬱、平凡、沈静、ネズミ、コンクリート など

 中でも注目したいのは赤で、赤は多くの国で「止まれ」を表す信号に使われるなど、目を引き、警戒を呼ぶ色として認識されている。


◆『千と千尋の神隠し』冒頭に配置された〈赤〉

 色彩の設計は、『千と千尋の神隠し』の世界を端的に、印象深く、構成している。さまざまな色が、隙間なく並んで世界を構成するが、中でも、〈赤〉の果たす役割は大きい。
 『千と千尋の神隠し』の冒頭では、次のように赤い色が使われている。

○自動車の中、寝転がった千尋の横に置かれる「ランドセル」と手提げ袋、お菓子の空き箱。紙袋の柄。
○寝転がっている千尋の穿いている短いズボン。
○自動車が脇道にそれ、小さい川を乗り越えるときに散る、火花。
○大きな赤い門(トンネルの入り口)。
○急ブレーキで点灯する、車のブレーキランプ。
○トンネルを抜けた千尋たちの後ろにそびえる、門。
○立ち並ぶ食堂の壁。門に比べて色あせているが、赤く塗られている。
○食堂ののれんやちょうちん。看板はほぼ例外なく赤い。
千尋の両親が食べようとする料理。茶色や褐色のものもあるが、全体に赤っぽい。
○食堂を抜けた先、階段の上正面にある、油屋の灯篭。
○油屋につながる橋の欄干。
○油屋の壁。
○油屋の灯篭に火が入り、赤みを増す。
○赤い欄干の影が伸び始め、食堂街のちょうちんにも火が入って、真っ赤になる。
○水の増えて渡れなくなった川を近づいてくる船は、オレンジ色に光っている。その照明に照らされる川の水面は、赤黒い。この船は、扉もちょうちんも赤い。
○船から下りてくる「神さま」の衣装。
○ハクが千尋に食べさせた「実」あるいは「丸薬」。
○遠くに見える空が薄明るく、赤い。
○走り出した千尋とハクの前に「立入禁止」の赤い文字。
○倉庫らしき場所に大きな瓶が並んでいるが、蓋にかけられた布が赤い。
○油屋に戻ってきて、庭に入ると、つつじや椿の赤い花が咲いている。
○客を迎える女たちの袴と草履の鼻緒。

 冒頭の部分だけでも、ざっとこの通りである。これらは、みな、千尋(とその両親)が、「異界」である油屋の世界に入り込み、取り込まれていく道筋に配置されている。


◆警告の〈赤〉

 これらの赤いアイテムは、多くが、千尋と両親に警告を発する役割を持って、配置されている。異界へと入っていく道に沿って点々と配置された、赤信号である。大きな赤い門や食堂の壁、看板、のれん、ちょうちんは、千尋と両親に、「この先はお前たちの世界ではない」と、警告を発しているのである。両親が豚になる最後の関門、置いてある食べ物を勝手に食べる、というシーンでも、食べ物は赤く、警告になっている。
 しかし、千尋たちは赤い警告を無視してどんどんと奥へ入り込んでいき、油屋の世界に取り込まれてしまうのである。

 両親とともに神さまの食事を食べなかった千尋は、完全に取り込まれてしまう前に逃げ出したために、世界の側からも拒まれて、存在が消えてしまいそうになる。その時ハクが出した「実」あるいは「丸薬」は、赤い。食べると油屋の世界の住人になるという警告を、ここでも発している。千尋は、もう、ものを食べると油屋の世界の住人になることを知っているので、赤い「実」あるいは「丸薬」を食べることを拒む。しかし、そのままでは元の世界にも帰れず油屋の世界にも入れずに消えてしまう、と、ハクに促されて食べてしまう。


◆持ち物の〈赤〉

 ところで、千尋の持ち物に配置された〈赤〉は、警告の〈赤〉ではない。物語のもっとも初めに登場した、千尋のズボンやランドセル、お菓子の箱などは、千尋の身にこれから事件が起きるということを表すために配置されている。それは、千尋たち登場人物に対する警告を表しているのではなく、登場人物にこれから事件が起きるということを観客に向かってアピールするために、配置されているのである。


◆補色としての緑、青

千尋のTシャツに使われている緑。
○郊外の町に引っ越してきたので、街路樹が多い。木が茂っている。
○車の窓から見える、真っ青な空。
○迷い込む森は、鬱蒼とした緑。
○真っ赤な門の前に立つ、「道祖神」の石像は、苔むしていて、緑色。
○トンネルを抜けると、広がる緑の草原と、青い空(振り返れば真っ赤な門)。
○壁の赤い食堂の、扉は緑色に塗られている。
○油屋の前面に植えられた松の木と油屋の屋根は緑色。空は相変わらず真っ青で、煙突からは真っ黒な煙があがっている。


こんなような話を、もう少し丁寧に。あと、重要なポイントをもうひとつくらい。大雑把に言うと、「門」と「橋」が大事って話。境界線はいろいろ越えるけど、最初の門と最後の橋は重要だから。あとは、映像を流しながら、喋るだけ喋ってきました。聞いてても、分かる人も分からない人もいるんだろうなーと、思います。気が向いたら、このページ後で書き直します。こんな話したんだよ、って、ここに載せたくなっただけなの。