賢くないヒロイン。

主に小中高生の女の子が見ているという建前で作られているとおぼしき小中高生がヒロインのアニメとかを鑑賞していて時々思うことがあります。「何故こいつらはこんなに賢くないのだろうか」、と。言葉が悪いので改めますと、建前上の視聴対象年齢及び性別の視聴者にとって等身大であるヒロインには、学校の成績のいい娘さんがいない、ということです。もちろん、数人で主人公グループを構成する場合は、学校の成績のいい娘さんとか全国統一模試でトップレベルの娘さんとか、賢い子もいるのですが、そういった娘さんは主人公ではないのです。むしろ主人公と対比させるために主人公の結構近い周囲に脇役として配置されます。
例をあげましょう。「セーラームーンシリーズ」(またか)の主人公月野うさぎは、中二から高三の主人公でお馬鹿さんです。主人公のお友だちの水野亜美は全国統一模試で常に首位を争う「天才少女」です。
時代をかなり遡って「ときめきトゥナイト」の主人公江藤蘭世は高一から高三の主人公でお馬鹿さんです。主人公の弟江藤鈴世は秀才ですし、主人公のあらゆる局面におけるライバルかつ一番のお友だち神谷陽子は学校のお勉強はとてもできる秀才です。
多分さらに遡って、「はいからさんが通る」の主人公花村紅緒は女学校を中退して婚家で花嫁修業ののち祝言を挙げずに未亡人の主人公で、お馬鹿さんです。主人公の生涯のお友だちお友だちの環(苗字を忘れました、ごめんなさい)は英語から裁縫まで学業は一通り周囲の誰よりも出来る上に職業婦人の中でも新聞記者だか雑誌記者だかという知的な職業についちゃう秀才です。
このくらいしか例をあげないと、いかにも恣意的極まりないサンプリングに見えますが、そして確かに恣意的にサンプリングしましたが、実際若年のヒロインで学校の勉強の全然出来ない娘さんは掃いて捨てるほどいるので、とりあえずこんなところで。
ここで例にあげなかったのは、例えば「NANA」の小松奈々は救いがたいお馬鹿さんだけど、作品の主な時制が奈々の高校卒業後なので、省きました。それから「鈴宮ハルヒの冒険」のヒロイン鈴宮ハルヒなんかは賢い娘さんですが、明らかな少女向けってわけではないアニメだったので、省きました。そんな感じで。
さて、私は一年と少し前から、毎週日曜日の朝八時半までに起き(これは私にしてみれば早く起きる方です)、「ふたりはプリキュア」というアニメを鑑賞しておりました。この春の番組改変期に私の大好きな「ふたりはプリキュア」のシリーズが終了してしまい、替わって始まったのが「Yes!プリキュア5」(イエスプリキュア、ファイブ!と読みます。以下「プリキュア5」)という新番組です。子ども心をなくしてしまった(多分)私は、新番組というものがことごとく気に入りませんので、新しい「プリキュア」にもまだ馴染めません。そのうち好きになると思いますが。それはさておき。
この「プリキュア5」、五人組の変身美少女が毎週悪の結社から送り込まれてくる雑魚敵と戦い撃退する、そして散り散りになった妖精的な小動物を集めて、ある装置の機能を回復する、というのが主な筋立てで、その合間に五人の多分中学校生活の様子が描かれるといったお話です。そして、ヒロイン夢原のぞみは、予想通りというか容姿から受ける先入観を裏切らないというか、要するに、お馬鹿さんです。そして、チームの中には「授業で習ったことを聞いていれば特に試験勉強なんてしなくても定期試験は満点」というものすごく聞き憶えのある設定の秀才(いやこの場合は天才?)な娘さんも登場します。ここまでは、基本の通りの配置です(お馬鹿さんが「希望」を担当し、秀才さんが「水」を担当するという配置もものすごく聞き憶えのある設定ですが、基本ですね)。
しかし、この夢原のぞみ、ただの「お馬鹿さん」ではありません。
今朝のつまり四月一五日の回の話です。のぞみは「数学の小テスト」で「18点」をとります。あまりの点の悪さに驚いたプリキュアのメンバーが、来たる「中間テスト」に向けてのぞみの勉強を監督することに(ついでに他の賢くない娘さんたちも、賢い娘さんたちに見てもらうことにしたようで、一年と二年のメンバーが課題プリントを前に勉強しており、三年のメンバーはそれを監督している場面が描かれています)。しかしのぞみは気乗りせず、一問も解けず、おやつもおあずけ、違う話を始めようとし、やる気はゼロ、窓の外の気球が気になり、果ては癇癪を起こして、机を叩き、喚き散らし、泣きながら、部屋を飛び出します。
この、気乗りしないことには絶対に集中できない様子とか癇癪を起こして怒鳴り散らした挙句飛び出す様子とか、小中学校であるいは小中学生のいる家庭でも、しばしば目にする光景です。こういう子どもを、教育現場(?)では、「注意欠陥多動症」とか「ADHD」とか呼ぶようです。「学校」みたいな場所でみんなと同じようにみんなと同じだけみんなと同じことをこなせないで、落ち着きなく注意散漫で、果ては暴れるような子どもをこういうような呼び方で呼んでいるようです。確か私が習った時には、「「病気」や「障害」ではなくて「脳の特徴」である」みたいな説明がついていて、細かく解説がありましたが、忘れました。「注意欠陥多動症」の「注意欠陥」部分だけをおとなになっても発現させている人は、女性に多い「お部屋が片付けられない病」で、これは本当に病気であると、何かで読みましたが、詳しくは忘れました。間違ってたらごめんなさい。
さらに、前述ののぞみが勉強を見てもらう場面において、のぞみは数学の問題を一問も解けず、「何がわからないかわからない」と発言します。また、「小学校の低学年とおぼしきのぞみが教室でクラスメイトが先生の発問に対して元気に手を上げて答えようとしているのにのぞみは何も書けていないノートに向かって追い詰められた顔でべそをかいている」というのぞみの回想とともに「小さい時から何でも他の子より二倍も三倍も時間がかかった」というようなモノローグが入る場面もあります。
このことから、多分ですが、のぞみは「学習障害」というカテゴリにも入る子どもだということがわかります。「学習障害」は、様々な理由で例えば漢字が全然覚えられないとか四則計算について理解できないとかひらかなやかたかなを含む文字や文章が読めないとか、そういう感じです。教室で何十人か一まとめに授業を受けるのが多分とても苦痛でしょう。でも「学習障害」は「学習」以外の生活は一般的に行える場合が多いし、確か「病気」や「障害」ではないので、「障害児学級」にも入れられません。最近では算数の時間だけ教室に先生が二人いて授業と速度の違う子どもを常に見てるみたいなシステムもあるみたいです。
私は「プリキュア5」を、これまでの「プリキュア」シリーズに比べて雑な作りだと思いながら見てましたが、いやいやそんなことはないです、びっくりするようなリアルさでした。
そうそう、ヒロインではないですが「ドラえもん」の主人公野比のび太も、「学習障害」じゃないかと私は思うんですけど、どうでしょうね。人によってはそんな簡単に「学習障害」なんていう「レッテル」を子どもに貼るべきではないと言う人もいますが、私は「レッテルを貼る」ことによって子どもが必要な知識を身につける支援ができるんだったらいいんじゃないかと思ってるんですよね。だって、「病気」でも「障害」でもないんですもの、「女性」だとか「次男」だとか「美人」だとか「学級委員」だとかいう「レッテル」とそうも差別することないでしょ?