つめて書くから間があく。『夜啼きの森』。

夜啼きの森 (角川ホラー文庫) 
岩井志麻子『夜啼きの森』角川ホラー文庫、平成16年5月10日初版発行。


いわゆる「津山三十人殺し」に題材を得た長編と云わんか連作短編と云わんか、長編? 章ごとに視点人物を変え、現場となった岡山県北部の寒村の、事件が起こるまでを描く。ようするに、どのくらい貧乏な村でどのくらい人の心が荒廃していてどのくらい村全体が閉塞していて、「彼」が何故大量殺人なんておこなったか、を描く。「彼」の心境は明確に書かれることはない。しかし貧乏に荒れた農村という背景的環境や「彼」に関わるあるいは大して関わらない村人といった登場人物的環境といった情景や状況から「彼」がどのようにどんなところに追い詰められていったかを読み取ることは十分にできよう。だいいち、こういった本は、というより岩井志麻子の本はと云った方がいいのか、この書きようから「彼」の追い詰められてゆく様子を読み取れるような読者が手に取り、そうでない読者は最初から近づかないような気もするが。
「彼」の計画もまた、周囲の僅かに微かに親しい者たちの視点から、徐々に明らかになってゆく、その過程が読者の「気持ち悪さ」を呼ぶ。そう、この物語の底辺を流れているのは、「気持ち悪さ」である。読む者の、貧乏や寒村、肺病や「眠り病」といった病や、病人や狂人や一番の貧民やいわくのある家に対する差別、「お森様」といった民間信仰、そういうものに対する「嫌」な気分を的確に呼び覚ます。貧乏や差別(意地悪とか村八分とか)という、普段は見ないように聞かないように考えないようにしまってある意識、倫理観というもので縛っている部分、が思考や記憶や心の奥底から引きずり出されるような感覚。この二者(例えば、自分と違うものを「差別」して邪険にする意識と倫理的に(小学校で習ったから)それをしてはいけないと思う意識)は相反するから、露呈すると「気持ち悪」くて「嫌」なのだろうと思う。

なんていうか、嫌な小説だよね。面白いけど、鬱になる。