『枕草子』を可愛く訳そうキャンペーン5。第九段。

枕草子』を可愛く訳そうキャンペーン実施中です。
今日の第九段は、いわゆる「翁丸」です。私は中学校の二年生の時に習ったように思います。現代の中学生も習うのでしょうか。中学生の時にも長すぎて心折れそうになりましたが、改めて古文を打ち込んで再び心折れそうになりました。でも、こういうストーリー性のある段は長くても何とかなるんです。ほんとうに心を折りに来るのは、ものの名前を並べた段です。一般常識が違うだけで、こうもわけわかんなくなるのかっていう気持ちになりますので。

※このキャンペーンは真面目なけんきゅうではありません。ですから、品詞分解をきちんとした結果の訳文ではありません。同じ言葉でも違う訳文になってたり、違う言葉でも同じ言葉に訳したり、というところがあると思います。昔の人は一言で言えばその感覚が分かるものでしょうが、現代人には同じ感覚がない時もあるんじゃないかなって。でも、なるべく原文にそって、大意がつかめて雰囲気が分かって、なおかつかわいさが伝わる、を目指してテキトーに訳していきます。

※手元に全集とかがありませんので、原文はネット上の方々からお借りしました。
 

第九段(原文)「うへに候ふ御猫は」
 うへに候ふ御猫は、かうぶりにて命婦おとどとて、いみじうをかしければ、かしづかせ給ふが、端に出でてふしたるに、乳母の馬の命婦
「あなまさなや、入り給へ」
とよぶに、日のさし入りたるに、うち眠りてゐたるを、おどすとて、
「翁丸、いづら。命婦おとど食へ」
といふに、まことかとて、しれもの走りかかりたれば、おびえ惑ひて御簾のうちに入りぬ。
 朝餉のおまへに、うへおはしますに、御覧じていみじう驚かせ給ふ。猫は御ふところに入れさせ給ひて、をのこども召せば、蔵人忠隆まゐりたるに、
「この翁丸うち調じて、犬島につかはせ。ただいま」
と仰せらるれば、集り狩りさわぐ。馬の命婦をもさいなみて、
「乳母かへてん、いとうしろめたし」
と仰せらるれば、御前にも出でず。犬は狩り出でて、瀧口などして追ひつかはしつ。
「あはれ、いみじうゆるぎ歩きつるものを。三月三日、頭の辨(弁)の柳かづらせさせ、桃の花かざしにささせ、櫻腰にさしなどして、ありかせ給ひしをり、かかる目見んとは思はざりけむ」
などあはれがる。
「御膳のをりは、必ずむかひあぶらふに、さうざうしくこそあれ」
などいひて、三四日になりぬ。ひるつかた、犬いみじく泣くこゑのすれば、なぞの犬の、かくひさしくなくにかあらん、と聞くに、よろづの犬とぶらひみに行く。
 御厠人なるもの走りきて、
「あないみじ、犬を蔵人二人してうちたまふ。死ぬべし。犬を流させ給ひけるが、かへりまゐりたるとて、調じ給ふ」
といふ。心憂のことや。翁丸なり。
「忠隆・実房なんど打つ」
といへば、制しにやるほどに、からうじてなきやみぬ。
「死にければ陣の外にひき棄てつ」
といへば、あはれがりなどする夕つかた、いみじげにはれ、あさましげなる犬のわびしげなるが、わななきありけば、
「翁丸か。このごろ、かかる犬やはありく」
などいふに、
「翁丸」
といへど、耳にも聞き入れず。
「それ」
ともいひ、
「あらず」
とも口ぐち申せば、
「右近ぞ見知りたる、呼べ」
とて召せば、まゐりたり。
「これは翁丸か」
と見せ給ふ。
「似て侍れど、これはゆゆしげにこそ侍るめれ。また『翁丸』とだにいへば、よろこびてまうで来るものを、呼べどよりこず。あらぬなめり。『それは打ち殺して、棄て侍りぬ』とこそ申しつれ。二人して打たんには、侍りなむや」
など申せば、心憂がらせ給ふ。
 暗うなりて、物くはせたれど食はねば、あらぬものにいひなしてやみぬる。つとめて、御けづりぐし、御手水などまゐりて、御鏡をもたせ給ひて御覧ずれば、候ふに、犬の柱のもとにゐたるを見やりて、
「あはれ、昨日、翁丸をいみじう打ちしかな。死にけむこそあはれなれ。何の身にこのたびはなりぬらん。いかにわびしき心地しけん」
統治畏怖い、このゐたる犬のふるひわななきて、涙をただおとしにおとすに、いとあさまし。さは翁丸にこそありけれ。よべは隠れ忍びてあるなりけり。と、あはれにそへてをかしきことかぎりなし。
 御鏡うちおきて、
「さは翁丸か」
といふに、ひれ伏していみじうなく。御前にもいみじうおち笑はせ給ふ。
右近内侍召して、
「かくなん」
と仰せらるれば、笑ひののしるを、うへにもきこしめして、渡りおはしましたり。
「あさましう、犬なども、かかる心あるものなりけり」
と笑はせ給ふ。うへの女房などもききてまゐりあつまりて、呼ぶにも今ぞ立ちうごく。
なほこの顔などの腫れたる。物のてをせさせばや」
といへば、
「つひにこれをいひあらはしつること」
など笑ふに、忠隆聞きて、台盤所のかたより、
「まことにや侍らむ。かれ見侍らん」
といはすれば
「さりとも見つくるをりも侍らん。さのみもえかくさせ給はじ」
といふ。
さて、かしこまり許されて、もとのやうになりにき。なほあはれがられて、ふるひなき出でたりしこそ、よに知らずをかしくあはれなりしか。人などこそ人にいはれて泣きなどはすれ。
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第九段(現代語訳)
 天皇陛下一条天皇さま)にお仕えしているにゃんこさまは、位があって、「命婦おとど」って呼ばれてて、すっごくかわいいから、定子さまも大事に大事になさってたんだけど(飼い猫が得るのは主人ではなく召使いだってほんとそのとおりよね)、その命婦おとどが縁側に出てうつ伏せにゃーんって寝てるところに、猫のお世話担当の馬の命婦って人が、
「あらあらいけませんわ、こちらにお入りなさいませ」
って呼んだんだけど、縁側に日が差し込んでて暖かくて気持ちいいにゃーんって、まだ寝てたから、馬の命婦さん多分ちょっといらっとしたかも。ちょっと脅かしてやろうとして、
「翁丸ー、どこにいるのー。命婦おとどを食べちゃいなさい」
と言ったの。あ、翁丸って、犬ね。で、その、翁丸がマジでにゃんこさまを食べちゃうんだと思って、やっぱり犬ってちょっと馬鹿よね、にゃんこさまに駆け寄ったから、にゃんこさまが怯えてなんか困って御簾の中に入っちゃった。
 そのときちょうど朝ご飯の時間で、朝ご飯の部屋には、定子さまと陛下さまもいらっしゃって、これをご覧になってものすごくびっくりされたの、陛下さまが。で、猫はお着物の中にお入れになって、そこらに控えていた男どもをお呼びになったら、陛下さまの秘書の忠隆って人が来たから、
「この翁丸を棒で打って、こらしめて、犬島へやってしまいなさい。いますぐにです」
って陛下さまがおっしゃったの、で、男どもがみんな集まって犬を捕まえようとして大騒ぎよ。陛下さまは、馬の命婦もお責めになって、
「猫の世話係も替えてしまいましょう、こんな人に世話をさせるのはとても気になります」
とおっしゃったので、馬の命婦はもう謹慎してしまって、陛下さまの前にも出てこなかった。犬の方は捕まって、陛下さまが宮殿の警備の武士とかに命令して追い出してしまわれました。
「ああ、可哀想に、ついこないだまで元気にぴょんぴょんしながら歩いてたのに。あれは三月三日のことだったわ、柳の冠かぶせて、桃の花の枝をかんざしにさせて、腰には刀のかわりに桜の枝で、歩かせて、あれは蔵人の頭がなさったんだけど、可愛かったわ、その時にはこんな可哀想なことになるなんて、翁丸だって思ってなかったでしょう」
とか、感傷的になってしまった(私だけじゃないわ、みんなよ)。
「定子さまのお食事の時には、いつも必ずこの辺でこっちを向いて控えていたわ、さびしいわね、とても」
とかなんとか言ってるうちに、三四日経ちました。お昼頃、犬がとってもうるさく鳴いてる声がしたから、「どこの犬がこんなにずーっと鳴くのかしら」とか聞いていると、下人が見に行った。
 そして、トイレ掃除の係の者とかいうのが走ってきて、
「大変ですわ、犬を秘書の人たちが二人がかりで殴っていらっしゃるのです。きっと死んでしまいます。こないだ犬を島流しになさったのが戻ってきたんだっておっしゃって、こらしめるんだって、なさってるんです」
と言った。心配です、ぜったい翁丸です。
「忠隆とか実房とかが殴ってる」
って誰かが言ったから、ちょっと止めさせるように人をやったら、ようやく泣き止んだ。そしたら、
「死んだから外にぽいっと捨てといた」
とか言うから、もうなんか可哀想でしょうがなかった、で、その夕方くらいになって、体とかものすごく腫れ上がってひどい有様になってる犬が、みすぼらしい感じで、ふるふるしながら歩いてるから、
「翁丸かな、最近こんな犬この辺歩いてたっけ?」
とかって誰かが言ったから、
「翁丸」
と別の誰かが呼んでみたけど、ぜんぜん聞かないで歩いてる。
「翁丸でしょ、ぜったい」
という人もいたし、
「違うって」
っていう人もいて、みんな口々にいろんなこと言ってたら、
「右近さんがよく知ってたと思うわ、お呼びなさい」
って言って呼び出したら、右近さんが参りました。
「これ、翁丸かしら」
と定子さまがお見せになった。右近さんは
「似てはおりますが、でもこの子はちょっと不吉な感じがいたします。それに、翁丸は、「翁丸」って呼ぶだけで、喜んで寄ってまいりましたが、この子は呼んでも参りません。翁丸ではないように思います。「翁丸は殴り殺して捨てました」と忠隆たちも言っておりましたし。二人がかりで殴ったりいたしましたのに、生きていたりするものでしょうか」
とか申しました、ので、定子さまもとても可哀想に思われたりしたのです。
 暗くなってきて、その犬に何か食べさせようとしたんだけど喰べなくて、だからもう、翁丸じゃない、違う犬だってことにして、それで終わりってことにしました。次の日の朝早く、定子さまが、髪をまずきれいになさって、お顔を洗われて、それから私に鏡を持たせてお顔をご覧になるので、そこで鏡を持ってじっとしてましたら、昨日の犬が柱の下にいるのが見えて、それをぼんやり見ながら、
「ああ、昨日、あいつら翁丸をすんごく殴ってたな。死んだって言ってた、可哀想、ほんと可哀想。生まれ変わって、何になるんだろう。どんな気持ちだったんだろう、苦しかったかしら、悲しかったかしら」
とついうっかり口に出して言ったら、この座ってた犬がふるふる震えて、黙って涙をぶわーっと流したから、すんごいびっくりした。じゃあやっぱり翁丸だったんだ! 昨日はずっとじーっと隠れてたんだ、と分かったら、可哀想なんだけどそれだけじゃなくてなんかすごい、めっちゃすごい、と思った。
 で、定子さまにはちょっと失礼して、鏡を置いて、
「じゃあおまえ翁丸なのね」
って言ったら、そこで「伏せ」をして、すんごい鳴いた。私は感動したけど、定子さまもとってもお笑いになった。
 それから昨日の右近さんを呼び出して、
「ほらほら! やっぱり翁丸だったみたいね」
とおっしゃったので、右近さんも「やばい可愛い」ってすんごい大笑いして、そしたら陛下さまにも聞こえちゃったらしくて、こちらの方においでになった。陛下さまは
「びっくりですね、犬なんかにも、こういう、世話になったところに帰ってきたりおぼえてて貰って涙を流したり、そういう心もあるものなのですね」
とお笑いになりました。陛下さまのところの女房のみなさんとかも話を聞いて集まってきて、犬を呼んでみたら、今度は立ち上がって、動いた。
「まだ顔とか、ほら、この辺とか、腫れてるじゃないですか。手当をさせたいのですけれど」
って誰かが言うと、
「あらあら、ついに翁丸をいたわる気持ちを言いだす人が出て来ましたわ、あはは」
とか別の誰かが笑ったり、してたら、忠隆(昨日翁丸を殴った人ね)が翁丸が帰ってきたって聞きつけて、女房の控室の方から
「ほんとうでございますかー、私にも見せてください」
と言ったから、
「あら、たいへん! 犬なんて、ぜんぜんそんなのいませんわ」
とか入口の辺の子に言わせて通せんぼさせてみたら(だって翁丸を殴った人なんですもの、見せたらまた殴るかもしれないのですわー、みたいな)、
「でもですね、私だってこの辺にお勤めしてるんですから、見かけたりするかもしれませんでしょう。そうやってずっと隠しておけるものでもないんだと存じますけど。っていうか私にも見せてくださいよ」
と言いました。
 さてその後、翁丸は陛下さまがお許しになって、もとのようにかわいがられるようになりました。やっぱり、犬が同情された時にふるふるして泣き出したりしたなんてことは、それまで聞いたこともなくて、おもしろいと思いましたが、可哀想でもありました。人間だったら、誰かに同情されて泣いたりすることも普通によくある話なのですけれどね。